No.44
世界を虜にする靴職人が、週4で愛用するトートバッグ。
『Marquess』代表川口 昭司さん
あえてシンプルに徹することで、
素材の魅力が最大限引き立っていると感じます。
靴作りの本場・英国で最高峰ブランドのビスポークシューズ職人として活躍。帰国して「マーキス」を創立してからは、世界中から顧客が訪れる超人気株となった川口昭司さん。いつも笑顔を絶やさない朗らかな人柄ですが、内面には研ぎ澄まされた美意識と尽きせぬ情熱を宿しています。そんな世界的アルチザンが週4日のペースで携えるのが、グレンロイヤルのトートバッグ。所有歴4年ほどにして美しくエイジングしたブライドルレザーの表情が、その愛用ぶりを物語っています。ものづくりのプロは、グレンロイヤルのどこに心惹かれたのか? 詳しくお話を伺いました。
博物館で見た一足の靴が、人生を変えた。
━大学卒業後、英国の靴職人養成学校に入学された理由を教えてください。
実はもともと、ビスポーク靴職人になろうと思って渡英したわけではないんです。当初の目的は語学留学でしたね。大学は英文科に通っていて、当時ジョン ムーアやクリストファー ネメスといった英国のファッションブランドが好きだったこともあり、漠然と憧れをもっていたためでした。でも先生から“目的もなく英国で暮らすのはもったいない”と諭されて、それなら靴の専門学校にでも行ってみようかな……という経緯で、ノーサンプトンにある「トレシャムインスティテュート」というところに入学しました。とはいえ、その時はまだ本気で靴の道に進もうとは考えていませんでしたね。転機になったのは、同地にある靴の博物館で昔のビスポーク靴を目にしたことでした。あまりの美しさに衝撃を受けて。自分もこんな靴を作れるようになりたいと強く思うようになったんです。そういうわけで卒業後はポール・ウィルソンというビスポーク靴職人のアトリエに入り、靴作りにのめり込んでいきました。結局、英国暮らしは6年続きました。同僚や仲間はいい人ばかりで、異邦人の苦労は全く感じなかったですね。学生時代には思いもしなかった生活でしたが、これが自分の道だったのかなと最近しみじみ感じます。
仕事服の変化がもたらした、新たな創作意欲。
━コロナ禍でファッションのあり方が大きく変わりましたが、川口さんのお仕事にも変化はありましたか?
おかげさまで、コロナ禍のなかでも変わらずたくさんのご注文をいただいています。仕事の必需品というよりも、純粋に靴が好きだから、ビスポークが好きだからという理由でお越しいただくお客様が多いですね。でも、リクエストいただく靴は少し変わってきたかもしれません。以前はスーツに合わせるドレスシューズが圧倒的多数でしたが、最近はジーンズにも合うような外羽根靴のオーダーが増えました。ですので、作る側としても新鮮で面白いんです。ビスポーク=ドレスという固定概念が薄れてきたことはいいことだと思っています。ここぞのときの勝負靴ではなく、よりお客様の日常に寄り添った靴になれるということですから。あとは、2018年からアーツ&サイエンスさんと取り組んでいる、ウィメンズのカスタムオーダーからも刺激を受けています。やはりソニア・パークさんの美意識は唯一無二ですし、女性のお客様と接するのも大変勉強になります。男性は完成した靴をお納めすると、まず目の前に掲げて“鑑賞”される方が多いですが、女性はすぐさま足を入れて、鏡でご自身の姿を見る方が多い。靴の見方が全然違うということですね。靴単体としてだけでなく、お客様が履いたときのこともイメージして作らなければいけないと再認識しました。
心地よさを感じるのは“気楽なクラフツマンシップ”
━プライベートで、靴以外に愛用しているものはなんですか?
学生時代は古着が好きで、今も休日にはヴィンテージのリーバイスなどをよく穿いています。英国ものだとジョン スメドレーのニットを長年着ていますね。今日お持ちしたのは結構古いもので、最近のコレクションでは見かけない独特なボーダー柄が気に入っています。それから、アーツ&サイエンスで購入した「Yaser Shaw」というブランドのストールもお気に入りですね。インドのカシミール地方で、ハンドメイドで作られているものだそうです。工芸品的な味わいがあって、ヴィンテージの服にもよく合うんですよね。ファッション以外では家具が好きで、休日は妻と一緒にインテリアショップを巡るのが趣味になっています。以前は北欧家具が好きだったのですが、最近はフランスものが好きですね。凝った作りの家具だと無意識に職人目線で見てしまうのですが、フランス家具はさっぱりとシンプルなので、肩の力を抜いて接することができるんです。先日、ピエール・ゴーティエ・ディレイのダイニングセットを購入しました。
もの選びの基準は、“20年後の姿にときめくか”。
━普段、どんな価値観でものを選ぶことが多いですか?
スーツなどのテーラリングアイテムに関しては、作り手の顔が浮かんだり、想いがこもっているものが好きですね。あとは、10年20年と使い込むほど魅力が深まっていきそうなものに惹かれます。ピカピカの新品を見るときも、“これは10年後もっと格好良くなっていそうだな”なんて想像したりしていますね。先ほど古着が好きとお話ししましたが、それも使い込まれた味わいに魅力を感じているんだと思います。ただ、大枚をはたいてレアモノをコレクションするようなタイプではありません。理想的には、新品の状態から自分自身が使い込んで味を出したものを使いたいですね。“未来のヴィンテージ”になりそうなものを選んで、それを自らの手で経年変化させていけたら最高だと思っています。
自分自身で深めた味は、お金で買えない価値になる。
━グレンロイヤルのトートバッグを使って感じたことについて教えてください。
こちらは2018年に入手しまして、仕事用バッグとして週4日ほど使っています。実は妻も靴職人で、マーキスの靴作りにおけるパートナーでもあるのですが、僕が銀座の工房で削った木型や型紙の素案をこのトートに入れて家へ持ち帰り、妻に引き継いで型紙製作やアッパーの縫製を行ってもらっています。仕切りのないシンプルなバッグなので木型のように形が独特な荷物もポンと入りますし、あまり気負わずラフに使えるところがいいですね。それから、やはりブライドルレザーはエイジングが非常に美しい。最初はバキッと硬いのですが、今ではかなり味が出てきました。ケアはほぼ不要だと思いますが、先日デリケートクリームを塗ってよく拭き取ったら、より深みのあるツヤが出てきました。ちなみに妻も同型の色違いを使っているのですが、僕のものと比べるとエイジング具合が全然違います。使用頻度や使い方の差が理由だと思いますが、これが面白いところですよね。自分自身で使い込んだことによる味は、お金では買えない価値をもたらしてくれます。あと、この素朴な佇まいも大好きですね。一見シンプルですが、つい手が伸びる味がある。だからこそ長く使い込めるのだと思います。グレンロイヤルの名前はもちろん以前から知っていて、ブライドルレザーを使った質実剛健なもの作りに親近感を抱いていましたが、実際使ってみると想像以上に私のスタイルへフィットすることがわかりました。使い込んで味を出していく過程も魅力的ですし、ビスポークシューズとも非常によく合う。それでいて、今日のようにワークウェアを着ているときに持ってもカタ苦しく見えません。とても懐が深いバッグなんですよね。
凝って作ったものばかりが“いいもの”ではない。
━英国のものづくりは、どのようなところが魅力だと思いますか?
わかりやすい華麗さより本質を重んじ、その実現に手間を惜しまないことだと思います。たとえばキャップトウの靴を作る場合、普通はキャップとヴァンプのパーツを接ぎ合わせて形成しますが、イギリスの伝統的なビスポークシューズではプレーントウの上にキャップを重ねて縫い合わせます。つまり、キャップ部分の革が二重になるのです。こうすることで耐久性が増しますし、キャップ部分に履きジワが入りにくく経年変化が美しくなります。一方、アッパーが分厚くなるため吊り込みの手間が倍増してしまうのですが、そこを妥協しないのが英国的ものづくりの美点だと思いますね。私も英国で靴作りを学んだ身として、その製法を守っています。英国のプロダクトは一見簡素なものも多いですが、それも本質的なクオリティ、つまり丈夫で長く愛用でき、魅力的に経年変化することを第一に作っているためではないかと思います。グレンロイヤルのトートバッグにしても、もっとデコラティブに作ることはできるはずですが、そうなるとパーツが増えるぶん修理が必要になることも増えてくるでしょう。あえてシンプルを貫くことで、ガシガシ使ってこそ味が出るブライドルレザーの魅力を最大限引き出しているのではないかと感じます。凝ったものばかりが“いいもの”ではない。そのことを教えてくれるアイテムですね。
photoKenichiro Higa textHiromitsu Kosone
『Marquess』代表
川口 昭司さん
1980年生まれ。大学卒業後渡英し、靴作りの専門学校に学ぶ。卒業後はビスポークシューメーカーのポール・ウィルソン氏に師事。その後独立してフォスター&サンやエドワード グリーン、ガジアーノ&ガーリングのビスポーク靴製作に携わる。2008年に帰国し、’11年に自らのブランド「マーキス」を始動。2018年に江戸川橋から現在の銀座へサロン兼アトリエを移設。現在は日本で最も高く評価される靴職人のひとりとして世界的な知名度を誇る。
photoKenichiro Higa textHiromitsu Kosone