鞄の中身に秘められた、 英国のモノづくりの伝統
日本を代表する鞄職人、小松直幸さんが
ブリーフケースを完全解体。
英国の鞄作りから見て取れる技術と
哲学を解説する。
英国紳士然とした風格が漂う、ブライドルレザーを使用したブリーフケース。長きにわたり世界中で愛され続けてきたこの定番鞄の秘密を探るべく、フルハンドの優れたビスポーク鞄で国内外にて高い評価を得ているオルタスの小松さんに解体を依頼しました。鞄を解体してみることであらためて見えてきた、グレンロイヤルの数々のこだわりを解説します。
アーカイブから復刻した英国鞄を解体
2 COMPARTMENT BRIEF CASE
グレンロイヤルのフラップ付きブリーフケースは、非常に厚い堅牢なブライドルレザーを全面に使用し、英国クラシックスタイルを継承したバッグ。ジェントルで気品に溢れる堂々とした佇まいにしっかりとした耐久性を併せ持ち、ビジネスシーンでの信頼感を得るのに最適です。また使い込むうちに独特の美しい艶が生まれ、まさに自分だけの鞄へとエイジングしていくのも魅力。家宝として孫子の代まで受け継いでいけるマスターピースな鞄です。
「オルタス」代表 小松 直幸さん
服飾専門学校を卒業後、某アパレルブランドに就職。革と触れ合う機会を経て、鞄に魅力を感じ、手縫いのビスポークバッグFugeeで8年間研鑽を積む。2008年靴職人の高野圭太郎氏とともにクレマチス銀座をオープン。その後2012年に独立し、オルタスをスタート。オールフルハンドで作られ、長く使える耐久性と美しさを兼ね備えた鞄は高く評価されている。
<各パーツの名称>
- ①ハンドル
- 鞄の持ち手のこと。芯材を一枚の革で包み込み、上部を尾根状に膨らませ直線的に縫製する。
- ②かぶせ
- 鞄の口部分を覆うフタのこと。ブリーフケースの顔となる部分で、フラップとも呼ばれる。
- ③鍵
- 鞄の中身を守るために取り付けられるのが鍵。錠前と同じく真鍮製で、美しさが長持ちする。
- ④仕切り
- 室内を2つのコンパートメントに分ける際に使用する。表には見えない部分だが、ボディと同じ素材を採用。
- ⑤持ち手環
- 鞄ハンドルとボディを取り付ける環型の金具。ここにも真鍮使用し、鞄の雰囲気を高めている。
- ⑥帯鉄
- 持ち手環の裏側に取り付けられる薄い帯状の鉄のこと。
- ⑦錠前
- 鍵を使用し開閉する金具のこと。かぶせの表と裏に錠前のさがりを取り付ける。
- ⑧糸
- 鞄を縫い付ける糸。ほつれや破れが出ないように丈夫なものを使用している。
- ⑨前胴
- 鞄の前身頃にあたる部分。鞄の見た目を左右する重要なパーツ。
- ⑩ストラップ
- かぶせと前胴をつなぐパーツ。ボディと同じ素材を使用している。
- ⑪横マチ 底マチ
- 前胴と後胴をつなぐパーツ。2室の場合、折りマチが施される。
━このブリーフケースの特徴はどのようなところでしょう
革がいいということ、それにつきます。いいブライドルレザーを1枚革で贅沢にとり、全体のバランスを考えて、昔ながらの製法をしっかりと守りながら作られています。革に関しては鞄内部の裏側を見ればわかるのですが、鞄の顔になる前胴部分には繊維が緻密な部分を使用しています。これは変なシワが出ずにエイジングが綺麗になるように、意識して選ばれています。
マチにもいい革を使っています。長い伝統があり鞄を作り慣れているので、気を配るべきところがよくわかっていることが見て取れますね。マチは曲げる必要があり、壊れたりする恐れもあるので、水分を含ませたスポンジで革をなじませながら作るなど非常に気を配ります。恐らく作り慣れた熟練の職人さんが担当されていると思いますね。またブライドルは高価な革なので、使用する部位を理解し効率的に裁断できる人も重要。革のクオリティを見極め、鞄のどこの部分に使うのかを判断して無駄なく裁断することが求められます。
グレンロイヤルの鞄はいい意味でシンプルに作られていますが、長い歴史をバックボーンに鞄の壊れやすいところは分かっているので、そういう部分には気を配っています。力のかかる箇所はミシンをゆっくりと縫い、革の裏には伸び止めを入れ補強しています。使用している糸は化繊ですが、太くて相当丈夫なものを採用し、擦れに強くほつれなどがでないようにしています。長く使うことを前提に素材を選び、仕立てていることがよくわかります。鞄作りの長い歴史から導き出された回答と言えますね。
━解体する前とブランドの印象が異なっていた点などありますか?
正直、想像していた通りでした。そもそもグレンロイヤルのこのブリーフケースは、裏まですべて見せているので隠しようがないんです。他のバッグでは裏地が貼ってあったりするので、どんなことをしているのか解体してみないとわからないことがありますが、これは余計なことをしていない。そういう意味でも自信が感じられます。副資材がほとんどなく、革素材はブライドルレザーしか使っていませんし。ブライドルレザーという素材を活かして革のエイジングを楽しむことを考えたら、このぐらいシンプルな作りの方がいいという、ブランドの歴史的な結論ですよね。余計な芯などを貼ると、変なアタリなどが出ることもあり、このブライドルの良さを失いかねないですから。
━このブリーフケースはどのようなメンテナンスをしていくと良いでしょうか?
最初はブライドルレザー特有のブルームが浮かび上がっていますよね。ブラッシングして落としてあげてもいいですし、そのまま使っても自然に落ちてきます。良いブライドルレザーは使い続けていくうちに艶が出てきて、絡み合っていた繊維がほぐれて革も柔らかく変化していきます。ブライドルレザーはメンテナンスをそれほど必要としないので、汚れがついたら落として、時々クリームを塗ってあげるぐらいで大丈夫です。基本、ブラッシングをすれば、中の油や蝋がほどよく馴染んで、使い込むほどにいい雰囲気になっていきます。またステッチも革と一緒にクリームなどを塗り込んでいけば、程よく馴染んでいき雰囲気が自然に出てきます。
━小松さんにとってのいい鞄とはどのようなものなのでしょうか?
私は、全体を見たときの雰囲気の魅力や美しさを重視しています。緻密な縫製やこだわった仕立てとかコバの仕上げとかに目がいきがちですが、そもそも形が美しくなければいい鞄とはいえないと思います。人それぞれの好みがありますので、メーカーそれぞれの個性に応じて好きなものをチョイスしてもらえればいいのです。グレンロイヤルは英国らしい仕立てやブライドルのエイジングを楽しみたい人にはピッタリです。金具は真鍮製で、質感に優れたぶ厚い錠前を使っていますよね。こういったパーツ選びへのこだわりも雰囲気作りには重要。英国製の老舗錠前メーカーのもので、英国のロイヤル・ワラントを保有していますが、日本ではなかなか手に入らないものです。私も本国までオーダーして手に入れています。
━小松さんがブライドルレザーで鞄を作るとしたらどのようなものになるのでしょう?
私がブライドルレザーで鞄を作ったとしても、グレンロイヤルのものと大きく変わるところはないと思います。まずはこの革の質感を最大限活かすために、一枚仕立てになりますし。ただ、私の場合は手縫いで、日本人的な細かな作り込みをしてしまうので、英国の人から見ると英国的ではないかもしれません。例えばハンドルに使用する革や素材は同じものでも、グレンロイヤルは中の芯の作りを紐で盛り上げていますが、私のものだと中の芯の作りに手を加えて革で盛り上げてカンナで整えるなど、持ちやすさを意識してしまいますね。
でもそれは、正統的な英国のものとは異なってしまいます。フラップ付きのクラシックなスタイルのブリーフケースは、製作するブランドが少なくなりましたが、だからこそ求めている方もいらっしゃいます。私のところにもブライドルレザーのブリーフケースを希望される方がいらっしゃり、特に海外のお客様がよくオーダーされていきます。今回、グレンロイヤルのブリーフケースを解体してみて、英国の長い歴史に培われたモノづくりをあらためて実感しました。この鞄で英国らしさを味わいながらエイジングを楽しんでいただきたいですね。
photoTRYOUT text Yasuhiro Okuyama
ORTUS(オルタス)
西洋で誕生したバッグを東洋・日本で進化させるという想いで、ラテン語の“日の出”“東方”を表す言葉を店名に。2012年にオープンし、ゼロから仕立てる「フルオーダー」とサンプルからディテールを決めていく「オリジナルオーダー」の2パターンで展開。国内はもとより、海外からも小松さんのフルハンドで作られる鞄の素晴らしさを聞きつけた人が訪れる。
- 住 所:東京都中央区銀座1-24-5
パークサイド銀座2F - 電話番号:03-5579-9210
- 営業時間:11:00~18:30
- 定 休 日:月曜
- http://www.ortus-bag.com
photoTRYOUT text Yasuhiro Okuyama