No.31
画家がスケッチブックとして愛用する、
バイブルサイズのシステム手帳。
アーティスト平松 麻さん
使う側の背筋が伸びるような、しっかりしたレザーの手帳。
いつもペンを一本挿して、お気に入りの喫茶店へ持っていきます。
ギャラリー勤務を経た後、独学で画家としてのキャリアをスタート。展覧会を主軸に、書籍の挿画などのお仕事でも活躍している平松麻さん。ギャラリー時代には英国を訪れ、数々の画廊やミュージアムを回ったこともあるそうです。そんな平松さんが、なんとスケッチブックとして愛用しているというグレンロイヤルのシステム手帳。アーティストらしいオリジナリティあふれる使い方の理由とその魅力を伺うべく、創作活動の拠点であるアトリエを訪ねました。
小さな頃から憧れていた、絵に囲まれる毎日。
━現在のお仕事について教えてください。
小さな頃から少女漫画を描いたり、落書きをしたり、本当に絵ばかり描いていました。もちろん絵に囲まれた生活をしたいという夢はあったのですが、以前は絵を描くことが仕事になるというイメージが湧かず、絵画の近くにいるためにギャラリーで働いていました。ところがある日、誰が描いたのかも知らない絵を見た瞬間に、とてつもない衝撃を受けて泣いてしまったんです。その出来事をきっかけに、自己表現の大切さを再確認しました。それ以来、展覧会や挿画の仕事を軸に活動しています。最近は、次第に増えてきた挿画の仕事のために自宅で二日くらい作業をして、残りの時間はすべてこのアトリエにこもって絵を描いています。創作に集中し過ぎるあまり、ここで寝泊まりをすることもあるのですが、朝目を覚まして一番初めに絵が目に入る瞬間は、本当に幸せです。
体内に広がる景色を、具現化すること。
━アトリエで描かれている油絵の題材は、どのようにして決めていますか?
昔から、お腹の中に広大な景色が広がっているんです。それは夢とか記憶とか、こうあったら良いなという理想ではなくて、もともと持っているものなんです。頭ではなく絶対にお腹で、そこにどんどん溜まってきたものを、創作として出しているようなイメージです。小さな頃からその感覚はあったのですが、大人になるまでは言語化することができなかったので、内向的な子どもだったんですよね。アトリエで描いている油絵は、下書きもせずに描いていますし、絵が二重三重になり、どんどん変わっていくようなこともよくあります。自分の中にあるものを描ききるため、とことん集中して自分と向き合います。その一方で、絵の完成に10段階あるとしたら、5くらいまでは自分自身と常に鏡で対面するような辛さがあります。ところが、1くらいまで進むと風景が具現化されて絵に導かれ始めます。絵の方から自分と切り離してくる瞬間があって、その時は本当に絵を描いていてよかったなぁと思えるくらい嬉しいんですよね。
旅先でのスケッチは、物事をすばやく捉えるための鍛錬。
━創作活動をする上で、欠かせないことはありますか?
展覧会を終えた後には、すべてを出し切ってヘトヘトになるのですが、その分吸収する力も強くなるので、できる限りすぐに旅へ行くようにしています。一人で行くこともありますが、旅慣れた友人も多いので、そういう土地に詳しい人たちと一緒に行くことが多いかもしれません。観光地というよりは、田舎へ行ってひたすら絵を描きます。今年の一月に中国へ行ったのですが、その時も少数民族のミャオ族がたくさんいる土地を訪れました。私は朝早く布市場へ行って地元のおばあちゃんの絵を描いていたのですが、その絵を見てみんなすごく笑ってくれました。モロッコへ行った時も現地の子どもが寄ってきて、まるで私が似顔絵店をやっているんじゃないかというくらい盛り上がりました。絵は言葉が要らない美術なので、一瞬でコミュニケーションを取るツールになるんですよね。私はそういった旅先で描くスケッチに関しては、すばやく物事を捉えるための鍛錬だと思っていて、アトリエで描く絵とは対象的に、その場の人や風景をほんの5分くらいで描くことが多いです。子どもたちの場合は、よく動くので30秒くらいで描かないといけないこともたくさんありますね。
二元的に感じられる、コントラストの強いモノが好き。
━モノを選ぶ際のこだわりを教えてください。
直感で良いと感じたモノを選ぶことが多いのですが、強いて言えば二元的に感じられるモノが好きかもしれません。絵に関しても、緊張感のある油絵をやりながら、マッチ箱のような小さなものに気軽に描くということをやると、すごくバランスが取れるんですよね。それは月と太陽、光と影のようにコントラストが強ければ強いほど良いんです。たとえば、このドイツの家具メーカー「トーネット」の椅子なんかが良い例です。10年前くらいに新品で購入したのですが、高価なモノに関わらず、今はもう絵の具がたくさん付いています。ここまでコントラストの強いモノはないので、創業者のミヒャエル・トーネットが生きていたら見せてみたかったですね(笑)。その反対で、ある人から見たら価値がないのに自分で価値を見出したモノも好きです。
たとえば、日本画家・田中一村の家の近くに落ちていた、家みたいな形の黒い石とか、静岡の保護地区に落ちていた木とか。そもそもアトリエには自分の好きなモノしか置いていないのですが、椅子に座ったり、寝転んだりして目線が変わった時に、何かしらが目に入るように創作のタネを撒いているような感じで配置しています。モノ自体あまり買うことがなくなってしまったのですが、逆に言えば簡単に新しいモノに買い換えることはないので、気に入ったモノを長く大切にすることが多いですね。
使う側の気が引き締まる、新感覚のスケッチブック。
━グレンロイヤルとの出会いを教えてください。
2年ほど前に、グレンロイヤル直営店の「BRITISH MADE 青山本店」で購入して以来、日々愛用しています。なぜこのモデルを選んだのかと言えば、上品なレザーで作られたシステム手帳を、あえてスケッチブックのように気軽に使ってみたかったんです。本来の使い方とは違うかもしれないのですが、こんなにしっかりしたスケッチブックは他にはないと思うので、使っていると気が引き締まるんですよね。ペンホルダーが付いているので、その日に使いたいペンを一本だけ挿して、よく下北沢にある行きつけの喫茶店に絵を描きに行っています。しなやかでタフなブライドルレザーを使っているので、どれだけ雑に使っても全然くたびれないですよね。それに、プロダクト自体に上品な雰囲気があるので、ハンドバッグのようにこの手帳だけを裸で持っていっても気分が上がります。
十人十色の使い方があるリング仕様。
━愛用していくうちに発見した魅力はありますか?
手帳の中がリング式で紙を自由に差し替えられる仕様になっていたのは嬉しかったです。私はよく色の組み合わせを考えるために、1ページずつ別の絵の具の色を塗り、それぞれの紙をリングからはずして眺めています。絵を描く時にも失敗した紙を気軽に抜くことができますし、描いた絵をパラパラとめくって過程を楽しむこともできます。余談ですが、穂村弘さんの書籍『きっとあの人は眠っているんだよ: 穂村弘の読書日記』の装画を書かせていただいた時の絵が出来上がるまでの軌跡が、今でもこの中に入っていますよ。じつは手帳として使ってみたこともあるのですが、やっぱりスケッチブックとして使う方が私には合いました。革は生き物なので、使い込んでいくうちに経年変化をしてきましたが、それに伴い絵の具が飛んで別の意味で味が出てきました(笑)。上品さとラフな使用感のコントラストが面白くてとても気に入っているので、これからも愛用していきたいです。
photoMasahiro Sano textK-suke Matsuda(RECKLESS)
アーティスト
平松 麻さん
1982年生まれ。東京都出身。2012年より画家としての活動をスタート。展覧会発表を軸に、雑誌『MONKEY』、『Coyote』などの挿画や、穂村弘氏の書籍『きっとあの人は眠っているんだよ: 穂村弘の読書日記』の装画などを手がける。http://www.asahiramatsu.com
photoMasahiro Sano textK-suke Matsuda(RECKLESS)